
涙の朝礼
ある日の朝礼で、話をしていて号泣してしまいました。
何か嬉しかったわけでも、悲しかったわけでもないのに、ただ感極まって涙があふれてきました。
朝礼前は自分の中ではプンプン怒っていたはずなのに、話し始めたら途中で理由も分からないまま号泣して話になりませんでした。
決して私は泣き上戸なわけではありません。ここ10年で人前で泣いたのは、自分の結婚式と妹の葬式以来かなと思い出しました。
結婚式では、妻の両親の気持ちを察すると涙が出てきて、妹の葬式では生前の妹がフラッシュバックしてきて可哀そうで号泣してしまいました。
その日の朝礼で涙が出てきたのは、自分の中でも理由が見当たらなくて、あえて言えば、自分のスタッフ教育に対する思いが強かったけど、現実とのギャップが悔しくて涙が出てきたとしか、自分の中でも説明がつかない涙でした。
さすがに、泣いた後は恥ずかしかったですが、後で「元気出してください、思いは伝わっています」というような事を言ってくれたスタッフがいて、やはり私の思いを分かってくれる社員もいるんだと実感できて、また違う涙が出そうでした。
最近の仕事の最大の喜びは、同じビジョンをもって成長していける人と一緒に働けることだと思っています。
ただ仕事をするだけでなく、同じビジョンを持って、仕事を通じて人として成長していける人と仕事ができる事ほど幸せなことはないと思っています。
多くの人がお金のために仕事していますが、私は同じビジョンを持った人と仕事をしていくことに喜びを感じたいと思っています。
どんな仕事をするかよりも、誰と仕事をするかという事が大切なのです。
医院の規模も売り上げも今は興味ありません。
ただ同じ思いの人と仕事がしたいのです。
私は今まで夢という事をあまり意識したことはありませんでしたが、今回の自分の涙で自分の夢は、「同じ思いをもって頑張れる人と一緒に仕事をしていくことなんだ」と気づきました。
自分の中で強く思っていなければ、人前で号泣なんてできないから、これは夢と呼んでいいんだと感じました。
まだまだ、スタッフ全員が私と同じビジョンで働いているわけではありませんが、それが自分の夢なのであれば、何年かかってもいつの日か、スタッフ全員が同じビジョンで仕事できる人でいっぱいにしたいなと再認識しました。
泣いたことは恥ずかしかったですが、この歳で熱くなれる夢があることがわかって嬉しかった面もあります。
その後何日か「人前で泣くことは恥ずかしいことだろうか?」と考えてしまいました。
朝礼で話をしていたら涙が出て止まらなかったですが、不思議と泣いてる自分の姿は隠さなかったです。
とっても不細工な顔で泣いていたと思うのですが、「これが私の思いです」という感じで、20人のスタッフに、どうぞご自由におがんでくださいという感覚だったのを覚えています。
仕事で泣ける、思いが強くて泣けるという事が自分の中で嬉しい部分でもありました。
嬉しくて泣く、悲しくて泣くという経験はありましたが、「思い」が強くて泣く、という経験は初めてだったので、自分の中では新鮮な部分がありました。
学生時代など、結構いい加減に生きてきたので、泣けるほど頑張ったことはありませんでした。
今は仕事に真剣で、もっと言えば社員教育に真剣で、心から良い人と一緒に働きたいと思っています。
高い目標をもって頑張っている人を育てることが、スタッフのためでもあり、患者様のためでもあると信じて疑いません。
それで辞めていく人が出ても仕方がないと思っています。
いろんな生き方があります。
楽をする生き方もあれば、頑張って成長していく生き方もあります。
僕は、仕事を通じて成長して生きていきたいと確信しました。
人は一人では生きていけません。どうしてもコミュニティーを作りたがります。
そのコミュニティが、同じビジョンを持った人だけで集まっていると考えただけでウキウキしてきます。
私の中では、幸せは真剣に生きる、必死に生きる先にしかないと思っています。
そういう思いの人と仕事をしていければ、仕事ほど楽しいものはないのではないかと思います。











