社員を家族のように考える

私の仕事をしている課題の1つが、「社員を家族として考える」という事があります。

他人として考えないで、「自分の子供だったら、どうしてあげる事が親として嬉しいか?」という事を考えるようにしています。

例えば、自分の子供が犬などに襲われそうになったら、どの親も間違いなく体を張って助けるでしょう。社員にも同じ事をしてあげればいいという事は分かります。そういうwin-winの問題は簡単です。

しかし、成長はしたいけど楽もしたい、という本能と戦って前向きな努力を強いる際には、お互いの立場の違いによる反発や葛藤が発生します。 例えば、自分の子供が仕事をしていて注意するべきところを甘やかされては、子供の将来を考えた時には、きちんと注意してほしいと思います。

しかし、社員を注意する際には言い方、タイミングなど気をつけなければいけない事はたくさんあります。また、簡単で楽な仕事をさせる事は、その時は楽かもしれませんが、将来的には子供の為にはなりません。

親なら、仕事や人間関係において、その時は大変でも苦労して、その後の人生にプラスになる経験をして欲しいと思っているのではないでしょうか?

子供の給料に関しても、同業者と比較して多めにもらえる事は嬉しいですが、子供が仕事のやりがいや充実感を覚えないで、お金だけに執着するような給料体系は親としては望んでいないでしょう。

お小遣いをたくさんあげる親がいい親ではありません。「愛とは与えることだ」という定義が私の中にはあります。なかなか実践はできてませんが……

しかし、何を与えるのかはとても難しい問題だと思います。自分の子供にさえ、きちんとした愛を与えているかと聞かれると、私には自信がありません。与えた愛が正しいかどうかは、与えた方が判断する事ではなく、受け取った方が判断する事だと思います。

押し付けの愛が多い事も考えられます。子供に対しても、社員に対しても正しい愛を与えているかどうかには、正解はないのかもしれません。

その際に大切なのは、こちらの押し付けではなく、相手が何を考え何を望んでいるのかを分ろうとする態度ではないかと思います。人間は自分が一番可愛いのは事実ですから、その本能に流されないで、「相手は何を望んでいるのだろう?」と考える姿勢が大切だと思います。

これは社員や家族に限らず、患者様や他人に対しても「この人は何を望んでいるのだろうか?」という事を考える習慣を身につけていく事が、何を与える事が正解かの答えが見えてくるのではないかと考えています。

常に、他人の為に何が出来るかという奉仕や利他の気持ちが強くなればなるほど、相手が望む事が見えてくるのではないかと思っています。相手の気持ちが手にとるようにわかれば、相手を喜ばす事も簡単になってきて、仕事も人間関係も順調になってくるのだと思います。

Practice makes me perfect.

いい習慣だけが人生を変えてくれるのですから、今日から頑張ります。